大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和41年(ワ)11966号 判決

原告

谷口徳子

ほか四名

被告

杉本光雄

ほか一名

第一主文

一、被告らはそれぞれ、

(一)  原告徳子に対し金五四八、三六六円、

(二)  原告トミ子、良男、勝司、美佐子に対し各金二三九、一八三円あておよび右各金員に対する昭和四一年一二月一九日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二、原告らその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告らの負担とする。

四、この判決一項は仮に執行することができる。

第二本訴申立

「被告らはそれぞれ

(一) 原告徳子に対し金一、三〇一、一一九円、

(二) 原告トミ子、良男、勝司、美佐子に対し、各金六〇〇、五五九円あて、

および右各金員に対する訴状送達の翌日である昭和四一年一二月一九日から完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。」との判決ならびに仮執行宣言。

第三争いない事実

一、死亡自動車事故発生

とき、昭和四一年八月二〇日午後一時三五分頃

ところ、神奈川県厚木市水引二丁目一番地四先国道二四六号線路上

事故車、貨物自動車、静、一、せ、五〇五一号

右運転者、被告松本

受傷死亡者、亡谷口良作(足踏自転車運転中)

態様、被告松本は厚木方面から伊勢原方面に向い西進中、左側併進中の亡谷口の自転車と接触、ために亡谷口は転倒、頭蓋骨々折、脳挫傷により同日午後二時頃死亡した。

二、責任原因について

事故当時、本件事故車の登録原簿上の所有名義は長島初男となつていた。

三、損害の填補

原告らは強制保険金として金一五〇万円の給付を受け、損害に填補した。

第四争点

一、原告らの主張

(一) 責任原因

1、被告松本の不法行為責任

本件事故は被告松本が前方注視を怠り、制限時速超過のまゝ走行した過失により惹起したもので、同人は民法第七〇九条により賠償の責任がある。

すなわち制限時速四〇キロをはるかにこえた時速約六〇キロで進行し、前方注視が十分でなかつたため、併進する亡谷口の自転車が道路左側から右側に横断しようとして道路中央ちかくまで差しかゝつたのを約一五メートル手前で漸く発見、ハンドルを右にきつて後部左側車輪を右自転車に接触させ、本件事故となつたものである。

2、被告杉本の運行供用者責任

事故車の登記名義人であつた長島は従前から昭和四一年五月頃まで被告杉本に雇用されていた自動車運転手であり、被告杉本が無免許の運送業をしていたため便宜上所有名義人となつたにすぎない。右車輛には杉本運送店と表示されており、実際上無免許運送営業を営む被告杉本の所有であり、被告松本は当時被告杉本に雇用されていた運転手であつて、本件事故はまさに被告杉本のために運行の用に供されていたものであつた。

従つて前記被告松本の過失からも被告杉本は自賠責法第三条による賠償責任を免がれない。

(二) 損害

1、逸失利益

亡谷口良作は事故当時、安田生命保険相互会社に勤務し、横浜支社厚木支部長として昭和四〇年九月から翌四一年八月までの一年間合計八六五、五〇八円の給与を受けていた。

亡良作は事故当時六一才であつたので、その平均余命は一四・三一年であるところ、右会社の支部長の定年は六七才であり、その後は三年間嘱託として勤務できることになつていたから、なお九年間は就労可能であつた筈であり、その間最初の六年間は支部長として前記給与と同額の年間収入を、その後の三年間は嘱託として少くともその二分の一の年間収入を得られた筈である。

ところで、総理府統計局の発表によると都市世帯の消費支出は昭和四〇年度平均で世帯人員四・二四人につき一ケ月五一、八三二円とされており、これから一年間の一人当りの消費額を計算すると一四六、六八八円となるそこで右年間収入から年間消費額を差引いた右九年間の純収入の事故当時の現価の総計をホフマン式計算(年五分の割合による中間利息控除)によつて算出すると、少くとも合計金三、九〇三、三五七円となる。

原告らは右逸失利益を法定相続分に従い原告徳子が三分の一、その他の原告が六分の一あて相続した。

2、慰藉料

亡良作を不慮の死により失つた妻子である原告らを慰藉すべく各二〇万円が相当である。

3、葬儀費

原告徳子は三〇万円の支出を余儀なくされた。

4、各人の損害合計

そうして右損害額から強制保険金による填補を差引くと原告らの被告らに請求し得べき各損害合計は前掲第二の申立の趣旨掲記の各金額となる。

二、被告らの主張

(一) 被告らの無責

1、被告松本の無過失

被告松本は当時、時速四〇キロメートル以下の安全な速度で進行し、かつ前方注視義務、事故防止のための運転操作を完全につくしており、何ら不法行為責任を負うべき過失はない。

かえつて亡良作が交差点以外の本件道路を何ら後方の確認をせず、その上後方車に対する何らの合図もなく、突如として道路左側(南側)から右側(北側)に向つて急にとび出した過失により発生したものである。亡良作と被告車との間には訴外土志田美智子の操従するスバルライトバンが走行しており、亡良作がとび出したため、その衝突を避けようとして右訴外人が右旋回したにかかわらず、亡良作はさらにその訴外人車の逃避跡へ突入したため、被告松本が急拠ハンドルを右に切つてもいかんとも衝突を回避し得なかつたものである。

2、被告杉本は運行供用者の責を負うべくもない。

被告杉本は本件事故車を昭和四〇年八月事故当時の名義人長島に売却したが、売買代金を完済しないので、昭和四一年六月、右売買契約を合意解除し、車の返還を受けたが、その後同年七月被告松本から買受の申込があつたのでこれに応じ価格六〇万円で売渡したもので、登録名義は長島から被告松本に直接移転することになつており、自賠責保険も昭和四〇年八月初頃向う一ケ年の契約で当時所有者であつた被告杉本がその名義で締結したにすぎず、昭和四一年九月からは実際の所有者松本が保険契約を締結しており、事故当時の被告松本の所有を証するものである。

(二) 過失相殺

かりに被告らに何らかの賠償責任があるとしても、前述のとおり亡良作の過失は重大であり、過失相殺が斟酌されねばならない事案である。

第五争点に対する判断

一、被告松本の不法行為責任

本件事故については後記のように亡良作にも過失があつたことは否めないが、被告松本の運転上の過失は明かで、不法行為者の責任を免がれない。

すなわち被告松本は時速約四〇キロメートルで進行し、事故直前七、八メートルの車間距離をへだてた訴外土志田美智子運転の先行スバルライトバンごし約三、四〇メートル前方に亡良作が左側を老人の身でややたよりない様子に自転車を運転しているのを認めた。こうした場合には亡良作が老人のことでもあり、足踏自転車の走行として接触衝突する危険は自動車運転者として十分予見できる筈である。

そして直ちに警音器を鳴らして警告を与えるとか、自転車の動静に応じて何時でも停車し得るよう適当に減速していれば接触、衝突は十分避け得、たとい接触してもその結果は軽微にとどまつた筈である。

しかるに被告松本は何らそうした危険防止の措置をとらず時速約四〇キロのまゝ進行したため、亡良作の自転車が急に斜め右に進出してきたのを先行土志田車がこれを右に避け得たのをみながら、急制動の措置をとり得ず、ハンドルを右に切つても間に合わず、自車の左後車輪附近に衝突させて、亡良作を自転車もろとも転倒、受傷死亡にいたらしめたものである。(〔証拠略〕)

二、被告杉本の運行供用者責任

先ず少くとも次の事実が認められる。

(a) 本件事故車の登録名義は昭和四〇年一二月二三日から四一年一〇月八日まで長島初男名義になつていたが、その後鈴木衛に変更された。また強制保険は昭和四〇年九月五日から一ケ年の期間で被告杉本名義で締結されていた。

(b) 被告杉本は昭和三九年はじめ頃静岡日産から買受け所有していた本件事故車を昭和四〇年八月頃、それまで運転手としてやとつていた長島初男に代金八〇万円、支払は五万円あての分割払の約で売渡したが、その後四〇年末頃長島の都合で売買を解約して、再びこれを引取つた。

(c) 本件事故後、警察での取調から第一審刑事裁判の被告人尋問にいたるまでは被告松本は、被告杉本の従業員として勤務中本件事故を惹起した旨のべており、刑事控訴審から右趣旨を変更して被告杉本との関係を否定しているが、そのくいちがいの根拠について納得の行く弁明がない。

(d) そして被告らは、本件事故車は昭和四一年七月頃被告杉本から被告松本に売渡されたものとのべているが、代金については被告杉本は六〇万、被告松本は五〇万円と供述がくいちがい、契約書の作成もなく、現実の代金の支払は一回もなされていなかつた。

(e) 本件事故後、本件事故車について被告松本は全く関知せず、被告杉本が出捐の上修理してその年に引取つている。

(f) 被告杉本は親の代から運送営業に従事し、運送営業の免許はとつていないがトラツク数台の規模でベニヤ板製造業の望月ブランドならびにその関連会社の専属的下請として営業し、本件事故当時、被告松本はさらにその被告杉本の専属的再下請として右ベニヤ板などの運送に従事しており本件事故もそのベニヤ板運送中の出来事であつた。

また運送に関する金員の支払は翌月払いで被告杉本から支払を受ける約であつた。

なおまた本件事故車には右被告杉本の元請筋に当る望月ブランドの関連会社静清木材の商号の表示があつた。

(g) 被告杉本は昭和四一年七月頃から本件事故車による運転に従事するまで運転手として勤務した経験はあるが運送営業の経験もなければ、運送営業の免許も勿論もたず、また無資力であつた。(〔証拠略〕)

右事実を総合して検討してみると少くとも昭和四一年七月頃までは被告杉本は本件事故車の運行供用者であり、また本件事故当時被告杉本から被告松本に本件事故車を売渡す約はあつたが、代金決済までは実質的な所有者としての権限はもと従業員の長島初男名義のまま被告杉本に留保され、その専属的な下請としてその運行に関しても被告杉本が大きな比重をもつて関与していたものと認められる。

そうすると被告杉本は本件事故当時本件事故車の運行供用者としての従前の地位を失つていなかつたものとするのが相当であり、前記認定の被告松本の過失からしてもとより本件事故により生じた原告らの損害を賠償する責に任じなければならない。

二、原告らの損害

(一) 亡良作の逸失利益の相続

亡良作は事故当時六一才で安田生命保険相彑会社横浜支社厚木支部長として勤務して年収八六五、五〇八円を得ていたから、その職種、健康状態から平均余命の範囲内でなお九年間は就労可能であり、当初六年間は少くとも年八六万円の、その後の三年間は少くとも年四三万円の各収益があつた筈である。

ところで同人の生存した場合の生活費は諸種の事情から当初の六年間は年三六万円、その後の三年間は稼働範囲の縮少と老令に伴う費用などの減少から年二三万円を相当とすべきである。

従つて右生計費を差引いた右九年間の逸失利益の現価の総計をホフマン式計算(年五分の割合による中間利息控除)によつて算出すると金二、九九三、〇〇〇円となる。

(860,000-360,000)×5.13+(430,000-230,000)×(7.27-5.13)=2,993,000

原告らは右逸失利益を法定相続分に従い、原告徳子(妻)が三分の一の金九九七、六六六円、その他の原告ら(子)が六分の一あて、金四九八、八三三円あて相続した。

(二) 慰藉料

亡良作を不慮の死により失つた妻子である原告らを慰藉すべく、各金二〇〇、〇〇〇円が相当である。

(三) 葬儀費

亡良作の経歴、地位、収入を考慮すると、原告徳子は三〇〇、〇〇〇円の支出を余儀なくされたものとするのが相当である。

(四) 各原告の損害合計は左のとおりである。

原告徳子 金一、四九七、六六六円

その余の原告ら 各金六九八、八三三円

(〔証拠略〕)

三、過失相殺

ところで亡良作にも六〇才をこえる老人の身で国道上を自転車を運転しながら後続車輛に注視をはらわず、幅員一二・二〇メートル道路の中央より自動車進行路上によろめき進出した過失が認められ、被告松本の過失、双方の車種、現場の状況を考慮するとき、原告らの損害の三〇%を過失相殺するべきである。

(〔証拠略〕)

そうすると原告らが被告らに請求し得べき損害額は前記認定の各損害合計額の七〇%で左記のとおりとなる。

原告徳子 金一、〇四八、三六六円

その余の原告ら 各金四八九、一八三円

四、被告らの未済額

ところで争いない強制保険金一五〇万円の給付を各原告らの法定相続分に従い損害に填補されたものとすると(原告徳子五〇万円、その余の原告ら各二五万円)、未済損害額は左のとおりとなる。

原告徳子 金五四八、三六六円

その余の原告ら 各金二三九、一八三円

五、結論

そうすると原告らの請求は主文の限度で認容すべきである。

訴訟費用につき民訴法第九二条、第九三条、仮執行宣言に関し、同第一九六条を適用した。

(裁判官 舟本信光)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!